最初にITの<ノート>についての話題を二つ。
先日、7notesというiPad用手書き文書作成ツールが発売された。以下がその情報。
http://7knowledge.com/
http://www.youtube.com/watch?v=FEyPIr21d1I&feature=player_embedded
このアプリが一太郎やAtokを提供してきた浮川夫妻の新会社から出たこともあり、早速購入して、家内のiPadにインストールした。定価1,500円のところ2月中は900円で割引購入できる。この話にもつられた。さて、その性能だが、手書き入力としてのできは抜群。手書きの認識力がすごい。かなりの悪筆でもOKだ。ただ当たり前のことだが、長文を認識させるには長文を手書き入力しなければならない。しかし、長文を手書き入力するにはパッドがせまい。日本語の文章を書くことを考えたとき、単文区切り派ではない自分には、慣れるまでちょっと辛いかな、と感じた。それにしても、iPadの使い道を熟知した、もの書きツールのあるべき姿を追求した、秀逸な日本語文書作成ツールである。残念なことにiPhone版はまだ登場していない。iPhone版もやはり開発してほしいところだ。
お次は、Shot Noteである。キングジムから2月7日に発売予定だ。
http://www.kingjim.co.jp/sp/shotnote/
これを使えば、iPhoneのメモ書き能力を飛躍的に高める。また、この種の発想がさらに発展して、より便利なツールを生み出す可能性を示唆している。とにかく、iPhoneの助けを借りて、もの書きをするときに生じる思考の中断を最小限にするツールだ。思考した結果は間違いなくiPhoneに簡単に即記録できる。原理は、書き留めた手書きのメモを写真にとってiPhoneに記録させるという単純なことだ。しかし、それのもたらす意味は大きい。自分も発売されたら早速購入してみるつもりだ。
自宅や喫茶店でiPhoneを操作するとき、Wi-Fi環境が便利だということは利用者でなくても想像できるはず。3G接続では伝送速度が低いためかったるいのだ。そこでWiMAXのモバイルルーターをカバンに入れて持ち運ぶことになる。WiMAXモバイルルーターを経由してiPhoneを接続すると、大抵の場所で2~3Mbpsの速度で接続できる。実質的にストレスを感じない速度だ。
現時点でのWiMAXの利点はいくつかあるのだが、それらを整理すると、
① いまのところ商用モバイル無線接続手段としてもっとも高速で利用料金も安い。一年間の継続使用が前提で月額3,880円である。
② 契約上の縛りがないため、月単位でいつでも解約できる。
③ モバイル型なので、自宅でも出先でも利用できる。(ただし、どちらか一方のみの利用。同時に両方の場所では利用は不可。)
④ 通信速度はブロードバンド・高速伝送である。因みに自宅では写真のとおり、ときおり15Mbpsぐらい出るときもある。ただし、通常は7Mbps程度。
⑤ 機器の設置も難しいことはなく、USBのドングルを窓辺に吊しておけばよい。WiMAX/Wi-Fiルーターは適当な場所に設置する。ルーターに接続するのは、USBドングルからのUSBコード、LANケーブル(有線LANを利用する場合のみ。Wi-Fi利用では不要。)、電源コードの3種類のみ。難しいことはない。
⑥ 仮想移動体通信事業者(かそういどうたいつうしんじぎょうしゃ、Mobile Virtual Network Operator, MVNO)が数多く存在する。要するに近くの量販電気店などで契約が結べる。
http://www.uqwimax.jp/
http://www.yairmobile.jp/wifi/guidance.html
もちろん、いいことばかりではない。無線技術の適用だけに、有線に比較して不安定になる。もっと大きな問題は、地域の加入者数の増加に伴い、伝送速度が低下することである。しかし、自分はいまのところ、手軽なブロードバンド接続手段として、WiMAXのメリットを享受しながら使用している。
(WiMAX対応のドングルを窓辺にぶら下げて、下に設置したWiMAX/Wi-Fiルーターに接続している)
しばらく収まっていたと思っていたら、タイとカンボジアの交戦で死者が出た。2月4日から、国境にあるヒンズー教遺跡プレアビヘア寺院を巡って、両国の争いが再燃している。タイ側の兵士一人と民間人一人、カンボジアの兵士二人が死亡した。エジプトの100万人デモの影に隠れているが、これも根が深い問題。タイとカンボジアの格差が現状のまま存在する限り、なかなか終結はしないだろう。双方の政権が不安定になればなるほど利用したいプレアビヘア寺院紛争である。別にヒンズーの神々が怒っているわけではない。
イランのホメニ師によるイスラム革命の直前、半年間ほどテヘランで働いた。1978年後半のことだ。ある日、テヘラン郊外の村に土木工事を始めるに当たり、事前調査に出かけた。行ってみて驚いた。建物という建物にはホメニ師の写真。テヘランではまだパーレビ国王(シャーという。)の写真が大半だった。思い出した。そう、農村が都市を包囲するのだ。まさに状況は毛沢東のいうそれではないか。自分はこのときから、どう日本に早く戻るかを考えた。命あってのものである。案の定、ホメニ師は手を弛めない。弛めたら自分が逆に絞め殺されるからだ。この感覚は日本人にはなじめない。恐ろしい世界である。自分がテヘランを去って一ヶ月後、ホメニ師一行はパリより凱旋する。イスラム政権の樹立、イスラム原理主義革命の成立である。
ここ10日間のエジプトを見ていると当時のテヘランの状況を思い出す。カイロで日本人記者が襲われて怪我をしたとか。当たり前だ。ことさら珍しいことではない。自分たちはかつてテヘランで、文字どおり、石を持って追われた。小学生たちが、「外国人は帰れ」と石を投げつけてきたのである。通勤時の車のドアをよってたかってたたかれた。事務所の階下には火を付けられ、前の道路ではデモ隊への銃撃。血まみれの凄惨な光景も見た。日本人ももう少し世界を見る目を養った方がいい。アラブの激震は、米国の影響力の衰退を招き、イランの影響力の拡大をもたらすのだろう。波は中国にまで影響するだろうという声が出始めたようだ。それにしても何なのだ。この島国の鈍感さは。(2011/02/06 記)